心臓病「僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)」を患っていた政宗が、
2026年6月29日(月)13時頃、虹の橋を渡りました。
病気の宣告を2021年5月17日に受け、不定期ですが病状についてレポートしていました。
第1弾:2024年7月
第2弾:2025年10月
第3弾:2025年12月
第4弾:2026年1月~3月
第5弾:2026年4月~5月
最終回の第6弾は、政宗が最期まで力強く生きた証について報告します。
※僧帽弁閉鎖不全症については、まとめた記事がこちらにあります。
◆2026年6月11日 咳はあるけれど、嬉しい改善の兆し

前回の定期検診から2週間。
相変わらず咳は多めでしたが、ごはんも元気よく食べるし、
寝ている時の呼吸数も20~26とすごく安定していました。
この日も超音波検査と血液検査。
咳がひどくて超音波検査の時に仰向けになれず、立ったままの体勢での撮影となりました。
検査の結果、気になっていた咳以外の数値には改善の傾向。
何回か撮影した中で、最高値と最低値のデータが今までで一番良い状態を記録していました。
血液検査でも血中酸素がすごく良く、全身にしっかり血液が送られていることが確認できました。
よっしゃー!めちゃくちゃ嬉しかった!
こんなに良い状態なのに、なんで咳が止まらないんだろうか?
主治医によると、高い音の咳が続いているから気管支系の疑いも捨てきれないとのこと。
そこで、もう一度抗生剤を投与し様子を見ることになりました。
「これで改善しなかったら心臓病に起因する咳と判断しましょう」
◆2026年6月28日 突然の異変。入院させず、家族で過ごす選択

前回の検診以降も落ち着いた状態が続いていて、ごはんも元気に完食していました。
でも、今回の定期検診の前日昼頃から、政宗が上を向く仕草が増え始めました。
起きている時は歩いている最中も、座っている時も、伏せをしている時も、
顎を上に上げて少し苦しそうな様子で、咳も出ていました。
でも、ほとんどの時間は横になって静かに寝ていたので、
睡眠自体はとれているようでした。
夜ごはんもいつも通り元気に完食!
そして、定期検診当日。
やっぱり上を向いたまま過ごしていました。
朝ごはんはいつものように元気に完食!
そして夕方、定期検診で病院に行きましたが、
待合室でもずっと上を向いていて落ち着かない様子でした。
いつもなら伏せをして休んでいるのに、今日は休むことなくずっと動き回り、
「早く帰りたい」という様子で何度も出口の方に行きたがっていました。
いよいよ診察。
主治医に「上を向いているのは喉を伸ばして必死に呼吸をしようとしている姿勢」と言われました。
このような状況なので政宗の体への負担を最小限に抑えるため、
検査は短時間で行われました。
毎月末にお願いしていた爪切りも、今の状態ではリスクが高いからと断られました。
検査の結果は、やっぱり最悪の状態、「肺水腫」を起こしていました。
検査後しばらく病院の酸素室に入ったらだいぶ落ち着いたのですが、
「このまま入院して酸素管理しながら治療するのが理想的」だと説明を受けました。
そして、「ただし、正直なところあとどれくらいもつか分からない。
入院は短くて1週間、もう少しかかるかもしれないし、
良くなったらすぐ退院させないと帰るタイミングを失ってしまうかもしれない」
というすごく厳しい状況でした。
私たちは「政宗と離れて過ごす時間をつくりたくない」と強く思い、
入院はさせずに連れて帰る選択をしました。
自宅に酸素室を用意して過ごさせるようアドバイスを受け、
レンタル酸素室のパンフレットをもらいました。
営業時間が終わっていたので、明日電話しよう。
帰宅後、政宗はかなり疲れていてしばらく横になって休んでいました。
晩ごはんの時間には起きてきて、ゆっくりだけど完食しました。
でも、食後しばらく上を向いた状態が続いていました。
時間が経つとだんだん顔を床につけて寝る体勢になったので、
私と琥珀はいつものように寝室に移動して寝ました。
普段の政宗はリビングで寝ていて、寝室には来ません。
寝室に連れてきてもすぐリビングに戻ってしまいました。
でも、この日の夜中、珍しく政宗が寝室に来たんです。
布団の上で横になってはすぐ立ち上がってベッドから降りて、
またベッドに上がって横になる、
というのを繰り返して、落ち着かない様子。
「体を後ろから支えて斜めの姿勢にすると呼吸が楽になる」
と聞いたことがあったのを思い出、
それをやってみたら、だいぶ落ち着きました。
そしてそのまま布団の上で寝たので、安心して私も寝ました。
◆2026年6月28日 政宗が虹の橋を渡りました

翌朝4時頃、寝室で寝ていた政宗、琥珀、私の3人は目を覚まし、
みんなでリビングへ行きました。
政宗は伏せの状態で顔を上げてじっとしていました。
お水を飲むとき、顔を上げたまま飲もうとして飲みづらそうだったので、
しまい込んでいたノズル式の給水器を用意してみたら、少し飲めました。
朝ごはんの時間になり、いつもの場所にごはんを用意しましたが、
政宗は来ることができませんでした。
それならばと、リビングで休んでいる政宗のすぐそばにごはんを置いてみました。
ニオイは嗅ぐけれど食べませんでした。
そしてしばらくするとごはんに興味はなくなって、
顔を上げながら部屋の中をウロウロと歩き始めました。
この日は在宅勤務だったので、私はリビングでパソコンを開き、仕事を始めました。
ふと見ると、政宗がパソコン本体の後ろに顔を向けてじっとしていました。
少しでも吸いやすい空気を求めてずっと歩き回っていたのかもしれません。
ファンから出るわずかな風が運ぶ空気を見つけて、そこに陣取ったみたいでした。
政宗はその場所で2時間ほど静かに過ごしていました。
私は「良い場所みつけたね」なんて、バカみたいに安心しちゃっていました。
12時からオンライン会議が始まり、ヘッドホンを装着して会議に参加していました。
会議が終わる直前の13時少し前、突然琥珀が急に怒ったような声で吠えました。
声のする方を見ると、政宗が脱力して自力で体を支えることが出来ず、
そばで寝ていた琥珀に寄りかかる状態になっていました。
琥珀は驚いて吠えたようですが、それで政宗の異常事態を教えてくれました。
政宗は顔を上げる力がなく、でも横になるのを嫌がって、
もがくように体を起こそうとしていました。
慌てて会議をスピーカーに切り替えて、政宗の近くへ駆け寄り、
呼吸が楽になる姿勢で抱っこしました。
ウンチが出ました。
いつもならごはんの後に必ずウンチをする政宗。
今日はごはんを食べてなくてまだウンチをしていなかったので
「あーウンチ出た、良かった」なんて声をかけながらウンチ処理をしました。
リビングに戻り、椅子に座って政宗を呼吸が楽になる姿勢で抱っこしたまま会議を続けました。
会議が終わる頃にはだいぶ様子が落ち着いてきたので、いつもの定位置に下ろし、
呼吸が楽になる姿勢で抱っこしていたら、またウンチをしました。
「いいよ、いいよ、大丈夫だよ」って言いながら
またウンチ処理をしてリビングに戻ると、
政宗は静かに横たわって落ち着いているように見えました。
仕事に戻って会議終了の挨拶をし、
会議中に溜まっていた優先度の高い対応をいくつかこなしました。
同僚には「政宗が辛そうだったけど、今落ち着いたところ」なんて報告も入れながら。
対応が終わって2、3分後、政宗の様子を覗きに行きました。
あまりにも静かすぎました。
いつものように横になって眠っている姿で、
顔を床につけ、とても穏やかな表情をしていました。
でも、舌が紫色になっていました。
胸に手をあててみました。
いつもドクドク動いていた心臓の鼓動を感じることができませんでした。
「ウソでしょ、ウソでしょ、ウソでしょ」って、
現実を受け入れたくなくて、
でも目の前に現実があって、
「あーーーーー!」って叫んでみました。
何も変わりませでした。
変わらないのは分かっているけれど、そうしないと耐えられない気がしました。
琥珀がそっと政宗の近くへ寄ってきました。
私は泣きながら「まーさん、死んじゃったの」と琥珀に伝えました。
おっさんにもLINEで伝えました。

◆受け入れたくない現実、でも一生の宝物だからやるべきこと

おっさんは仕事中なのでLINEはすぐに見れないと思うけど
私はこの現実を吐き出せたことで少し落ち着きました。
そして、今何をするべきかを考える余裕ができました。
私は仕事を昼休憩にして、まだ暖かい政宗の体を保護することを考えました。
目の前の現実と向き合わないといけない。
大切な政宗、一生の宝物なんだから、ちゃんと保護したい。
ちょうど大きめの段ボールがあることを思い出し、箱を組み立てました。
箱の底にトイレシーツを何枚か敷き、
その上にバスタオルを2枚敷いてフカフカにしました。
政宗をその上に寝かせようと抱き上げたら、おしっこが垂れてきました。
温かい。
泣きじゃくりそうになるのを必死でこらえて、体を綺麗に拭き、
さっき作ったフカフカの上に寝かせました。
体液で体が汚れないように口元とお尻にキッチンペーパーを置きました。
ネットで見た「内臓を冷やした方がいい」という情報を参考に、
お腹に保冷剤をあて、冷房の設定温度を下げました。
◆まだ信じたくない、でもありがとう

あっという間にお昼休憩が終わってしまい、仕事に戻りました。
でも、政宗をずっと抱っこしておきたくて、段ボールごと抱えて仕事をしました。
そうしていないと心が崩れてしまいそうでした。
悲しい現実を抱えているけど、頭ではまだ受け止められない。
でも離れてしまうと現実を見せられているような気がして、
抱えずにはいられませんでした。
同僚には政宗のことを話せませんでした。
言葉にするときっと涙が止まらなくなってしまう。
もしかしたら現実を受け入れてないので言葉にできなかったのかもしれません。
夕方の会議で私はプレゼンをしなければならず、
政宗の段ボールを膝の上に抱えながら乗り切りました。
無事に会議が終わり、政宗に手を当てた瞬間、
仕事を終えたおっさんから電話が来ました。
「なんでだよ!俺が帰るまで待っててほしかった」
電話の向こうで泣いていました。
私も泣きました。
2人で大泣きしたまま、電話を切りました。
ずっと政宗を膝の上にかかえていましたが、
いつまでも独り占めするわけにはいかないので、
政宗の段ボールをおっさんが挨拶しやすいように、
ちょうどいい高さの大きい椅子の上に置きました。
おっさんが帰宅。
いつも、リビングのドアを開けてあげると、
政宗はおっさんをリビングの入り口で出迎えていました。
だから今日もいつも通りリビングのドアを開けてあげました。
きっと政宗は今日もおっさんを出迎えていたはずです。

おっさん、政宗のところへ歩み寄って大泣きしていました。
政宗はまだ温かかった。
それは、政宗が最期まで力強く生きた何よりの証でした。
政宗は、本当に頑張りました。
心臓病と果敢に闘って、力強く生き抜きました。
その生きざまに私たちはすごく影響を受けたし、何事も頑張ることができました。
政宗、本当に、本当にありがとう!
あなたは本当に強かった。そして優しかった。
政宗と同じ時間を一緒に過ごせたことは、私たち家族にとって一生の宝物です。
ありがとう!政宗。


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